デジタル社会の副産物

さっきヤフオクの自身の出品履歴を見て、20年以上前からのデータが残っていることにちょっとびっくりしました。

いままでおよそ400件近い取引をしていると思いますが、履歴を見ながら「あの時はこんなものを売っていたんだ、買っていたんだ」と昔を振り返ってしまいました。同時に当時どんな生活をしていたかも思い出され、ちょっとしみじみしまいました。

日記を書いたり、自らの生活記録を書き残しておく向きではないので、こういうデータは自分にとってもとても大事なものに感じました。

きっと探せば他にもあちこちにいろいろなデータが残っているのでしょう。

裏を返せばデータが残っていることは情報漏洩のリスクでもあるわけですが、一方では自分が生きてきた足跡があるということでもあります(大袈裟ですが)

ネット以前の社会では決して記録されることがなく、かつSNSのように意思を持って残したわけではない個人的な記録が残っているということ自体、別に驚くべきことではありません。ただ、50歳を過ぎて昔のことも細かいことは覚えていられなくなると、そういうデータも忘れていた過去を思い出すきっかけになって、リスクよりむしろありがたいことと思ってしまいます。

ただただ、そういう年齢になっただけかもしれませんが。

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